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相続税コラム

【令和6年東京高裁判決】債務相続後の債務免除益に対する課税処分等が取り消された事案

2024.08.28

執筆 川本日子弁護士

2024年(令和6年)1月25日、東京高等裁判所は、債務相続後の債務免除益を一時所得とした課税庁の更正処分等について、債務免除益は所得税課税との関係では潜在的には相続により取得していたものとみることが可能であることなどから、本件債務免除益に所得税の課税をすることは所得税法9条1項16号に反して許されないとして、更正処分等を取り消しました。
なお、国は上告受理申立中とのことです。
本件は、相続税法と所得税法が交錯する珍しい事案です。

相続税法と所得税法の関係条文

まず、相続税法と所得税法の関係条文をみておきましょう。

前提1.相続税法13条

1 相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。以下この条において同じ。)により財産を取得した者が第一条の三第一項第一号又は第二号の規定に該当する者である場合においては、当該相続又は遺贈により取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
一被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)

前提2.相続税法14条

前条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る。

前提3.所得税法9条

1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十七相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)
(※本件当時の令和3年法律第11号による改正前の所得税法では16号。)

前提4.所得税法34条

1 一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
2 一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする。
3 前項に規定する一時所得の特別控除額は、五十万円(同項に規定する残額が五十万円に満たない場合には、当該残額)とする。

事案の概要と判決の内容

それでは事案の概要と判決の内容をみていきましょう。

1.事案の概要

  1. ①平成5年9月6日、亡甲は、亡乙を保証人として、丙銀行から金16億円を借り入れた(以下「本件債務」という。)。
  2. ②平成14年2月15日、丙銀行は、亡甲・亡乙を被告として、貸付金の支払等に係る訴訟提起。
  3. ③平成14年10月23日、亡甲死亡。相続人は亡乙・原告Aら6名。
  4. ④平成16年3月31日、本件債務については亡乙が承継し負担する旨の遺産分割協議。
  5. ⑤平成16年4月15日、丙銀行と亡乙・原告Aら6人の相続人との間で、和解(以下「本件和解」という。)成立。
    (平成16年~平成28年までに分割金6億2630万円を支払えば、9億7370万円は債務免除する。)
    ※亡甲は平成5年3月5日にはアルツハイマー型老年痴呆で入院していたことから、亡乙が無権代理人として本件債務の手続をしたことが考慮され、亡乙に、借入れによって購入したマンション価格相当額と亡甲の相続財産の6分の1相当額を返還することを基本として算定。
  6. ⑥平成16年~平成26年、亡乙において、分割金6億2630万円のうち金6億2530万円支払。
  7. ⑦平成26年10月27日、亡乙死亡。相続人は原告A・Bら4名。
  8. ⑧平成27年8月12日、本件債務の残債務について、原告A(子)及び原告B(配偶者)がそれぞれ2分の1ずつ承継する旨の遺産分割協議。
  9. ⑨同月21日、亡乙の相続人4名が相続税申告。
    本件債務の残債務9億7470万円について、原告A・Bが各2分の1の4億8735万円ずつ引き受けた旨の記載。
  10. ⑩平成27年~平成28年、残債務金100万円支払。分割金6億2630万円支払完了

原告A・Bに金9億7370万円の債務免除益(以下「本件債務免除益」という。)発生

  1. ⑪平成29年3月16日、原告A・Bは、本件債務免除益を総所得に算入せずに確定申告
  2. ⑫同年5月12日、亡乙の相続人4名は、相続税の修正申告
    本件債務の残債務を0円と修正
  3. ⑬平成30年4月25日、税務署長が、原告A・Bに対して、合計9億7370円の利益(本件債務免除益)を得たとして、所得税等の更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)
  4. ⑭同年7月20日、原告A・Bは、国税不服審判所に審査請求
  5. ⑮令和元年6月3日、棄却の裁決
  6. ⑯同年12月4日、原告A・B、本件提訴

2.東京地裁令和5年3月14日判決

東京地裁は、原告が受けた債務免除益に係る一時所得の金額の計算上、原告の被相続人が生前に支払った同裁判の弁護士費用を「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)として控除できる旨判示しました。

(1)二重課税の排除について
(相続税法13条1項1号及び同法14条との関係について)

本件債務免除に係る債務は、亡乙の相続開始時点において現に存在していたとはいえるものの、相続人である原告らが本件和解に係る分割金の支払を行えば免除されるものであったことからすれば、「確実と認められるもの」とはいえない。したがって、亡乙の相続税の算定に関して本件債務免除の対象となるべき債務が考慮されなかったのは、相続税の定めからすれば当然のことというほかはない。

(所得税法9条1項16号との関係について)

本件債務免除に係る債務免除益については、停止条件の成就が亡乙の相続発生の後であることから、前記のとおり亡乙を被相続人とする相続税では考慮されていない。したがって、本件債務免除益という所得の発生時にこれを亡乙の相続人である原告らに係る所得税の課税対象とすることは、所得税法9条1項16号の趣旨に反するものではないというべきである。

(相続税と所得税との調整について)

相続税法は、本件債務免除に係る債務のような不確定な債務については、相続税の算定に際して債務としての算入を認めていないのであり、仮に、本件と異なり、相続後の事情によって本件債務免除の停止条件が成就しないことが確定した場合(債務免除益が生ずることもない。)においても、遡及的に相続時において当該債務が「確実と認められる」ものであったということにはならない。そうである以上、本件債務免除の停止条件が成就し、現に債務免除益が生じた本件において、本件債務免除に係る債務が相続税において考慮されず、現に実現した債務免除益に対する所得税の課税がされることもやむを得ないものというべきである。
また、所得税法9条1項16号は、相続により得た積極財産に対し、相続税に加えて所得税を課すことを禁止対象として想定しているものと解され、相続時に「確実と認められ」なかったために控除が認められなかった債務を対象として想定した規定とは解されず、殊に、相続税の課税基準時たる相続発生時の後に停止条件が成就した結果発生すべき債務免除益に適用されるものとは解されない。よって、この点についての原告らの主張も本件の結論を左右するものとはいえない。

(2)弁護士費用等が「その収入を得るために支出した金額」に該当するか
(「収入を得るために支出した金額」について)

本件債務免除は、本件和解の条項に従って乙と原告A・Bが分割金を支払ったために生じたものであるところ、弁護費用等は、回顧的にみれば本件和解の成立に向けられた訴訟活動のためのものであったといえることからすれば、本件債務免除を受ける前提となる本件和解のために必要であったといえるため、少なくとも「収入を得るために支出した金額」に該当する。

(「直接要した金額」について)

そして、①分割金の支払は本件債務免除の停止条件で、本件債務免除は本件和解の時点で潜在的には行われていたものと同視でき、分割金を支払ったことは、その停止条件成就に向けた事後的な行為にすぎなかったといえること、②分割金の大半は、本件和解の成立日から3年以内に支払済みで、残余も乙の純資産額と比較すれば、その支払をしないことは経済合理性の上でもおよそ考え難いこと、③そもそも和解の席上で債務の一部の支払がされ、その余の債務の免除がその場で確認された場合であれば、弁護士費用等は債務免除益に係る支出として容易に認められることとの均衡から、本件和解の成立に向けられた訴訟活動は、本件和解ひいては本件債務免除との関係で直接性がある行為であると評価し得るので、弁護士費用等は本件債務免除益を得るために「直接要した金額」に該当する。

(乙が支払った弁護士費用等を原告A・Bの「収入を得るために支出した金額」として控除することができるかについて)

相続によって、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものでない限り被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するとされているところ(民法896条)、原告A・Bは、亡乙から、本件和解に基づく分割金の支払義務を相続により承継している。そして、亡乙の存命中に本件債務免除が行われた場合であれば、本件債務免除益から弁護士費用等がその一時所得を得るための支出として控除されたはずであるところ、そのような控除を受け得る法的地位は、弁護士への支払債務の履行が終了したり、本件和解に基づく分割金の支払が完了して本件債務免除に係る停止条件が成就する前に亡乙が死亡したりしたからといって消滅するものではなく、また、亡乙の一身に専属したものと解すべき理由もないから、亡乙の死亡により、相続人たる原告らに承継されたものと解すべきである。
よって、弁護士費用は、本件債務免除益を受けるために要した支出として、原告らの一時所得から控除できるものというべきである。

裁判所

3.東京高裁令和6年1月25日判決

東京高裁は、被相続人から承継した債務であって、相続税申告の際に近い将来に免除を受ける可能性が極めて高いこと等を理由に相続税法14条1項の「確実と認められるもの」にあたらないとして相続財産から控除されなかった債務が、その後に債権者から免除された場合、所得税課税との関係では潜在的には相続により取得していたものとみることが可能であり、経済的価値も実質的に同一のものであるとして、本件債務免除益に所得税の課税をすることは、所得税法9条1項16号に反して許されない旨判示しました。

(1)二重課税の排除について
(原告らが相続した本件債務の残債務計上と相続税及び所得税の関係)

1審原告らは、修正申告により、当初の申告に比べて、課税価格合計が9億7655万5000円増加し(相続財産から控除されるべき債務の額が9億7370万円(本件債務分)減少した他にも、相続財産の価額が約285万5000円増加している。)、申告納税額合計が2億1972万4900円増加することとなった。
他方、本件各処分により新たに納税すべきとされた所得税等の本税の額は、合計で2億2273万2100円であった。

(相続税と所得税との調整について)

相続税法9条1項16号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される(最高裁判所平成22年7月6日第三小法廷判決・民集64巻5号1277頁)。
また、相続税は、相続財産を取得した利得に対して担税力を見出して課税されるものであるところ、相続財産の取得者が被相続人の債務を承継して負担する場合にはその負担分については担税力が減殺されることになるから、相続財産からの当該債務の控除を認めるとするのが相続税法13条1項1号の趣旨であり(※原文では「所得税法」となっているが、誤記と思われる。)、被相続人から承継する債務が「確実と認められるもの」でない場合には担税力が減殺されることにはならないから、当該債務については相続財産からの控除を認めないとするのが同法14条1項の趣旨であると解される。
このような規定の趣旨を踏まえれば、担税力を減殺させるものではないとして相続財産から控除されなかった相続債務が相続開始後に免除を受けたからといって、これにより債務者に新たな担税力が生じるものと解することは相当でない。
そうすると、①被相続人から承継した現に存する債務であって、相続税申告の際の課税価格の算定にあたって近い将来に免除を受ける可能性が極めて高いこと等を理由に相続税法14条1項の「確実と認められるもの」にあたらないとして相続財産から控除されなかった債務が、その後に債権者により免除された場合における当該債務免除に係る相続人の利益については、形式的には債務免除を受けた時点で発生したものといえるとしても、所得税課税との関係では、潜在的には相続により取得していたものとみることが可能であり、また、②その具体的な内容をみても、上記申告に係る課税価格のうち相続財産から控除されなかった上記債務に相当する部分の経済的価値と実質的に同一のものということができるから、特段の事情のない限り、これに所得税の課税をすることは、所得税法9条1項16号に反するものとして許されないというべきである。
これを本件についてみるに、①本件債務免除益は、被相続人の亡乙から1審原告らが承継した本件銀行に対する債務であって、本件和解の約定により免除を受ける可能性が極めて高いことから相続税の修正申告の際の課税価格の算定にあたって相続税法14条1項の「確実と認められるもの」にあたらないとして相続財産から控除されなかった本件債務が、その後に本件和解の約定に基づき本件銀行により免除された場合における債務免除に係る1審原告らの利益であるといえる。そして、②本件においては、本件債務を相続財産から控除した場合とこれをしない場合の相続税額の増加額(合計2億1972万4900円)と本件債務免除益を一時所得として所得税の課税をしない場合とこれをした場合の所得税等の本税額の増加額(合計2億2273万2100円)に結果的に著しい差がないことなどの状況に照らしても、上記特段の事情は見当たらない。したがって、本件債務免除益に所得税の課税をすることは、所得税法9条1項16号に反して許されない。

(2)その余の点について

以上によれば、本件各処分は、その余の点について検討するまでもなく違法であり、取り消されるべきである。

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4.判例の意義

東京高裁の判決は、相続税と所得税の二重課税を避けるため、実態に即した解釈を行ったものです。
ただし、国は上告受理申立て中とのことですので、裁判所が受理した上で判断を下すのか、不受理として高裁判決が確定するのか、この後の最高裁の判断が注目されます。

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記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。

 

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